アプリの設定は、初心者/上級者の2段階モードがいいんじゃないかと思う

2009 年 7 月 2 日

iPhoneアプリなり, Airアプリなりを作ってて思ったんだけど、特にiPhoneのような画面の小さい環境では、機能要望の取捨選択がムズかしい。

本来、ウィジェットというのは単機能特化が一番いいんだ思う。 ところが、ユーザーからの機能要望というのは限度がなく、その全てに対応すると、アプリケーションがあっという間にファットになってしまう。

ファットになったアプリは、既存のヘビーユーザーには歓迎される一方で、新規ユーザーにとっては害として働くことが多い。

まず、あれもこれもという多すぎる機能は、「何をすべきなのか」という本来のコンセプトを消し去ってしまい、それそのものの持っていた「体験」を台無しにしてしまう。結果、「何をしたいのか」が明確なユーザー以外には、きわめて使いにくい一品になってしまう。

また学習コストの大幅な増加も問題となる。iPhoneのような設定画面と、ヘルプを並列に見せることが難しい環境ではなおさらだと思う。

ところがジレンマは、初心者ユーザーほど、表示スペック、カタログ上の機能の数を基準に購入する。 UIや機能の切り捨て、という意思決定に対し新規ユーザーがお金を払う可能性は少なく、結果的に販売段階ではアレもコレも全て詰め込んだアプリが売れることとなる。

そして長期的に見た場合、ファットなアプリは初心者を切り捨て、市場を小さくしつつヘビーユーザーだけが生き残る。そしてヘビーユーザーの機能要望に答えることで、さらにニッチなアプリへと破滅的な進化していく。 ここら辺はかつてシューティングや格闘ゲームなんかが通った道だと思う。

そういう先細りに対して、どういう対策を練っていくのか? というのがモバイルアプリの今後の課題になるんじゃないかと。

ゲーム業界等の先人の工夫を見ていると、最も有効なアプローチの1つは、初期起動時にユーザーの機能と権限を制限することのように思える。

購入時、ユーザーのできることは、そのアプリの本質のみに制限する。そしてその後、ユーザーの指向、用途に応じて、複雑な機能を制限解除していく、というのがスマートなのではないかと思う。そういうRPGのレベルアップ的な仕組みが、アプリのUIについてもいいのではないかな?と思う。

メタセコイアとか触ってると、とてもそう思うのデス。

なんかビトンがUSBメモリだした件

2009 年 6 月 29 日

ちょうど先日、アプリとかはブランドとか社会性とかで付加価値を持てるのか? みたいなエントリを書いてたら、タイムリーにビトンがなんか出してた

アプリじゃないけど、実用本意のPCアクセサリに、ブランド付加をつけるってのはチャレンジャブルで面白い。USBメモリの相場を大幅に無視した、4GBで4.5万円。位置づけ的にはUSBも搭載したキーホルダって感じなので、観測気球っぽいんじゃないかと。

キーホルダーにUSBがつくってのは、それだけIT系の富裕層が増えているってことなのかな、よくわからない。

LVってのは貴族階級向けの超高級ブランドというよりは、一般ちょっとリッチな大衆向けの高級ブランドなので、ヨーロッパの貴族にIT化の兆しが!ってことではなさそう。服飾系のジャーナリストや、フォトグラファーだったり、アパレル系のお仕事をしている人たちに、徐々にITが導入されたってことなのかな? ロンドンいたとき、Eメールよりファックスで、みたいな話がファッション業界では結構あるって聞いたような気もしたし。

この商品がどうこうというより、LVのバッグを買うような層がUSBメモリを必要とする時代になったのか?というのがウォッチどころなんじゃないかと思います。

とりあえずメモ。

とりあえず会社を作るべきか

2009 年 6 月 27 日

三十路になってはたと思った。

「30歳、無職」と「30歳、会社経営」だと、取引するときも、クレジットカードの審査も、将来再就職とかするときも、警察に捕まってニュースでるときも全然扱い違うんだよな。

誰かに「この履歴書の空白の1年間何をしていましたか?」と聞かれたとき、「ニートでした」や「就職活動をしてました」と、「自身で会社を興して経営していました」じゃ、だいぶ印象が色々違うよなぁと。

あとリスクヘッジで考えると、万が一iPhoneアプリとかウェブサービスでどっかのユーザーから億単位の訴訟とか食らった場合、会社を挟んどけば会社が死ぬだけで、個人はある程度守れるなぁと。ディベロッパが直にやってるとアメリカンから訴訟されたら、下手したら人生飛ぶだろうし。

そういうことを考えると、就職浪人でも、派遣切りでも、リストラでも、独立でも、とりあえず社会的バックアップを失ったら会社作るのがリスク管理的には吉なのかもしれない、と思った。今会社作るのタダ同然なんだよね。

1Passwordが素晴らしい件

2009 年 6 月 27 日

いまさらなのかもしれないけど、1PasswordというMacアプリが素晴らしい。

1Passwordは様々なウェブサイトのパスワードを一元管理して、全サイトにワンクリックでログインできるようになるアプリ。これさえあれば、覚えるべきは1Passwordのマスターパスワードのみ。

まだ試してないけど、1Password側にクレジットカード情報を登録しておけば、支払いフォームやユーザープロフィールの入力まで全て1タッチで行えるようになるらしい。すばらしすぎる。

$30ぐらいする有料アプリなんだけど、その価値は十分にありそう。

6/26

2009 年 6 月 26 日

・『プロフェッショナル 仕事の流儀 中村勇吾の仕事 ワンクリックで、世界を驚かせ』が発売
・iPhone 3Gsが発売
・三十路に突入

なんというか、いろいろと重なった一日。

「僕もプロフェッショナルの流儀に映るんやで」と家族に得意げに報告してみたら、登場シーンが5秒だけだったのはいい思い出。あれから1年、僕はちょっとは成長できたんでしょうか。

とりあえず自分へのプレゼントに、Amazonお急ぎ便で購入。

アプリケーションは社会性を獲得できるか?

2009 年 6 月 25 日

多分、今ネットでいちばん興味があることがコレ。アプリケーションはユーザーに社会性を付与する装置となることができるか否か?

高級ファッションやプロダクトブランドの多くの商品は、性能と価格が見合っていない。もかかわらず、多くの顧客がそれを購入しビジネスとして成り立っている。 この不思議な現象の最大の理由は、十分に成熟したモノの価値は単純な機能によっては決定されないくなる為である。衣服ならばプライマリな「着る」という機能よりも、「自己満足」や「社会的の付与」というセカンダリの機能が、大きく価値に影響を及ぼすようになっているからだ。

社会性の付与、つまりその商品の所持や使用が、注目や尊敬を集めたり、女の子にモテたり、所持者の社会に対するコミュニケーション力を増幅するのならば、その商品はそれそのものの本質的な機能以上の価値を持つ。

従来コンピューターのアプリケーションには、このような社会性はもとめられてこなかった。それはアプリケーションが純粋に問題解決のツールであり、またもっぱらモニターの中というパーソナルな空間でのみ使用されるツールであった為だ。

しかしiPhoneの出現は、ほんの少しずつではあるが、アプリケーションを公共の場で使用するというシナリオを生み出しつつあるように見える。

もし、そのアプリケーションを所持することが社会的なステータスとして機能し、注目を集め、会話の起点となり、女の子にモテる。そのような段階に入った時、非プロフェッショナルユースのアプリケーション市場においては、機能と価格は比例関係ではなくなる。 Appleは、単なる道具だったコンピューターの所持を、iMacでファッションに昇華することに成功した。ならばアプリケションの所持をファッションとすることは可能なんじゃないのか?

ゆっくりとではあるが、タンジブルビットやホームコンピューティング、ユビキタスといった概念は、この方向にアプリケーションを押し進めて行くのではないかと思う。

こういうパラダイムの変化こそが、iPhoneアプリの115円地獄や、ウェブサービスの無料化地獄を脱する、手段なんじゃないかと思う。あと5年とか10年先のことなんだろうけど。

すっぱい葡萄の話とか

2009 年 6 月 25 日

プラットホームホルダー対コンテンツ屋さん百年戦争

状況認識としては、やっぱりkawangoさんの考えが自分は一番近いのかなぁと。結論が逆ですが。

葡萄がすっぱかったら、品種改良とか土地を捨てて移住とかするより、
みんなが捨ててる葡萄を集めて、ワインか干しぶどう作るのがビジネスチャンスかと。

最適化戦略が飽和して残念な感じになるのは、「全てのプレイヤーが比較的容易に戦略の方向転換ができること」と「他プレイヤーの行動とスコアが外部から観測可能であること」と「ゲームスコアの評価基準が単一であること」の3つが前提条件になってると思うのです。

なので葡萄を食す事を目的としてないプレイヤーにとって、葡萄が酸っぱい事は参入しない理由にはならないし、逆にみんなが酸っぱいと地べたに葡萄を捨てるほどハッピーになるプレイヤーもいると思うのです。

たとえば自分の場合、Flashがモバイルに本格的に入るまでの間に、各種ノウハウや時代の趨勢、どういう思想やアプローチが支持されるのか?とかをサンプリングできる時点で十分にペイしてるというか。

そういう事を考えると、小回りがきき既存の経済ルールに束縛されにくい、個人〜小規模プレイヤーにとってはまだまだ面白いフィールドだと思うのです。あるいはアプリの販売利益とは全く別の目的で行動している大型プレイヤーとかも。一番割を食うのは、真っ当なコンテンツホルダーと、パブリッシャーだとは思いますが。

スクレイピングはサーバー処理が安全かなぁ

2009 年 6 月 25 日

OS3.0でタンブラー系のアプリが死亡してるのとか見て思ったんだけど、スクレイピング系のアプリはスクレイピングパートを自前のサーバーに置いて、そこを経由するほうがいいのかなぁと思った。

スクレイピングのアルゴリズムをアプリの中にハードコードしてしまうと、HTMLの仕様が変わってしまったときに、迅速な対応ができない。修正版をAppleに提出しても1〜2週間かかってしまい、その間アプリは動くなってしまうので。

あとはそういうロジック部分をサーバに出しとくと、iPhone, Android, BlackBerryとかでクロスなアプリを作りやすいし、危機対応もしやすいのかなぁと思う。

2010年にスマートフォンのほとんどがFlash 10対応に、雑感

2009 年 6 月 24 日

マイコミジャーナル:2010年にスマートフォンのほとんどがFlash 10対応に

ついにキタ。 Flashの本格的なデバイス入りを夢みて、iPhoneアプリを研究中ですがいよいよやってきた。

やっぱり自分的には、ObjectiveC & Cocoa は両手両足縛られて猿ぐつわをされてるような感じで、思ったものの10%の品質で10倍の時間をかけないと作れない。 Flashがこないと俺戦力外。 この流れが出た以上、iPhoneも何らかの形でflashを導入せざるを得なりそうです。

Apple的にはiPhoneをカードにしてyoutubeにH264コーデックを導入させた時点で、まぁ一定の成果がでたわけで、そろそろflash導入してもいいんじゃないかなぁと。Appleの大戦略の一環だったQuickTimeの普及をFLVに奪われたのは確かに痛かったのだろうけど、まぁこれは仕方がなかったのかなと。

議論されてないけどQuickTimeがwebビデオの主流になっていた場合、戦略としてAppleTVとiTunesがどういう位置づけになってたのかってのは、誰か考察してないのかな。すごい面白そうなんだけど。

とりあえず2010年、まだFlashでアプリ配布まで行くかはわからない。でもiPhoneアプリ開発に先攻投資したぶん、モバイルのリッチアプリの制作から、個人制作での直販、世界にバラまくノウハウをまでアドバンテージを確保しておきたい。この勢いでAdobe App Storeでも出れば、さらにいい感じ。

おそらくAdobeは、スマートフォン用に新しいコンポーネントライブラリを作ると思う。で、できればModelとControllerだけ実装してViewはテンプレートだけな軽量のフレームワークがでると素敵。やっぱFlexにしろFlashにしろコンポーネントは、ビューとメインのロジックが1つのクラスで結合してて中途半端にしかカスタマイズできないのがネック。それがコンポーネントを使ったアプリのルック&フィールの品質を著しく下げてる。だからといってディフォルトのまま使おうとすると、現状だとちょっと辛い印象。

あるいはコンポーネント毎の、詳細なカスタマイズマニュアル。これがないのが、既存のflasherがコンポーネントをほぼ使わない原因だと思う。モバイルのFlash10にあわせて、そういうのが来ると素敵だなぁと。カタリストは正直あまり信用してない。Flexのコンポーネントは設計的に、微調整しようとしたらコードに手をいれなきゃムリじゃないかなと。だったら既存のFlexコンポーネントはモバイルにはファットすぎるので、なんか新しいフレームワークがそろそろ出そうな予感がする。

飛行機の座席ディスプレイと、駅の券売機にflashが入ってからが、flashの本当の時代だみたいなことを言い続けてたけど、ようやく兆しが見えてきた。はやくこいこいそんな時代。

AppStoreで顔の見えるユーザー相手に商売とかダメなのかな

2009 年 6 月 21 日

前エントリが、比較的AppStoreの厳しい側面についてのエントリだったので、もうちょっとポジティブな考えも。

AppStoreを不特定多数のユーザーへの、アプリケーションの配信モデルと考えた場合、在庫や再生産のコストがない為に、最終的には値下げ競争になる話はした。 ただコレ自体「売り上げ - 確保したい利益 = 広告費」のモデルが「売り上げ- 確保したい利益 = 値下げ余力」に変化したのだと解釈すれば、今のところそんな極端な違いはないのかもしれない。

じゃあ、AppStoreで配信するアプリを、ある程度顔の見えるユーザーだけに配信するのはどうなのかな?と思うことがある。

個人開発者としては、別に地球全土と勝負しなくても、自分の作ったものに、千円払ってくれる人が一万人とか二万人いればなんとかなる。あるいは1万円払ってくれるユーザーが1000人、10万円払ってくれるユーザーが100人と考える方法もあるんじゃないかな、と思う。

Next Pocket Guiterを目指すのではなく、next メタセコイアや next Sai を目指すのがいいのかなぁと。AppStoreのバトルロイヤルなリスクを回避しつつ、配信と課金システムを活用できるのでありなんじゃないかなと。

スケールのデカイ話じゃないので、ベンチャー的には夢のないアプローチかもしれないけど、個人制作者の作家活動の場としての可能性は、まだまだ実験の余地も夢もあるんじゃないかと思う。