「WEB2.0的サービスはなぜみな同じビジュアルデザインを採用しているのだろう」ということを、HATENA-TUBEを作ってるときにずっと考えてた。
全く同じビジュアルがこれほどまでに採用されるのは、単なる流行というだけでは説明できない。何か必然的な理由があるのではないか?という気がしてならなかったからだ。
自分的にこの現象には2つの理由が考えられるのではないかと思い至った。
仮説の一つは、画一されたビジュアルデザインは、WEB2.0がエンジニアリング主導で行われていることに起因するのではないか、ということだ。
僕は半分デザイナ、半分コーダの物凄い中途半端なポジションにいる。そんな自分の個人的な印象では、90%以上のエンジニア(プログラマ)は必要にかられないかぎりイノベーションを行わない、というかイノベーションに挑戦することを無意識的に避ける傾向があるように思える。ほとんどのエンジニアは、通常は0から新しい概念を構築するよりも、模倣の上にチューンナップやスペックアップを行い、バージョンアップさせていくことを好む。
だから、WEB2.0というイメージが確立しているスキンがあり、それが必要用件を満たしているならば、デザインをそのまま100%採用するということは十分考えられる。外見に工夫をこらすよりも行うべきことがあるからだ。
この典型的な例がFlickr→LivedoorPicksなどだと考えられる。
もう1つは、WEB2.0という概念そのものが実体を伴っていない、あるいはサービスの開発サイド、ビジネスサイドの両側がWEB2.0というものの本質に対して明確なイメージ、あるいは共通認識を持ってないのではないか?という仮説だ。
面白いのはFlickrやGoogleMaps, Amazon, DeliciousなどWEB2.0的な概念の担い手ほど、WEB2.0的な外見を持っていないということだ。彼らはWEB2.0的なコンセプトをしっかりと具現化しているが故に、様式的な説明を必要しない、と考えれば整合性が出る。
既に死語になった工業デザインの用語で、ソフトテック(柔らかいテクノロジ)という様式がある。70年代に日本で生まれて、世界中に拡散したデザイン様式だ。これはバウハウス~モダニズムで先鋭化してきた、メタリックでテクノロジーやマシーンを全面的な
ソフトテックという様式ではテクノロジーの冷たさを隠蔽する為に、白い素材と丸いフォームが好んで用いられた(象印のポットや炊飯器)。ソフトテック的なデザインというのは、消費者が技術志向に辟易したときに出現する傾向がある。最近でいうならばMP3プレイヤー戦争の例がわかりやすい。一般人には明らかにオーバーテクノロジであったMP3プレイヤーは、白くて丸いエッジ、ライフスタイルを全面に押し出しテクノロジを隠蔽したipodによって受け入れられ、テクノロジを前面に出したソニーは全面敗北してしまった(ついでにDS、PSPで同じコンセプトの対比で勝敗が決している)。PS3 vs Xbox vs Wiiでも同じことが繰り返されるはずだ。
WEB2.0で白ベースの外見や、角丸、MAC風のアイコンが好んで採用されるのも、WEB2.0のテクノロジやコンセプトが一般ユーザーには追随不可能なレベルであることを暗黙裡に示唆しているように思える。外見によってテクノロジーを、ギーク匂を払拭する必要性があるというわけだ。
はてなの近藤社長は、「WEB2.0はラベルにすぎない」と指摘したが、奇しくも「WEB2.0というラベル」の象徴として、「ワッペンというラベル」が好んで用いられるのは、物凄い皮肉である。
ちょっと上手いこと言ってみるテスト。