WEB2.0的なグラフィックデザイン
最近、あまり考察エントリとか書いてなかったので、久しぶりに書いてみるテスト。
ここ最近のWEB2.0に対する雑感として、Googleにしろ、Youtubeにしろ、Del.icio.usにしろ、WEB2.0的なサービスのトップランナーの大部分は、いわゆるWEB2.0的なグラフィックデザインを採用していない、というものがある。
逆に、比較的マイナで微妙なサービスほど、いかにもWEB2.0的です!的ビジュアル・アイデンティティを持っている。これは考察する価値があるんじゃないかと思うほど、面白い現象だ。
思うに、ほとんどのサービスが、WEB2.0という概念を単純明快なサービスへと昇華することに失敗しているせいなのじゃないのかな。業界的にWEB2.0というモノに対する期待が高まる反面、WEB2.0のもつよさの本質を単純明快なサービスにすることは凄く難しい。そのジレンマに対する、ある種の解決策が「WEB2.0的グラフィックデザイン」なんじゃないのかな。
つまり、WEB2.0という概念をサービスとして消化しきれていないが故に、「この外見=WEB2.0」という共通の視覚言語をつくり出す必要が生まれたのではないかと。 逆を言えば、WEB2.0的であることを外見で示すことでしか、サービスを説明できない程度に、伝わらない品も多いのかもしれない。そう考えると、やはりはてなの近藤さんの「WEB2.0はラベル」という台詞はスゴイ卓見なんだなぁと。
こういうことを書くと、Signal Vs Noiseに、この分析は当てはまらないんじゃないの??? っていう反論もあると思う。個人的には、Signal Vs Noiseはこの仮説の例外だと考えてる。 なぜならば、Signal Vs Noiseはよりコンサルタントよりの立場だからだ。彼らの立ち位置からすれば、WEB2.0という幻想が明確になればなるほどチャンスが広がる。だから、Signal Vs Noiseは率先して、WEB2.0を記号化し、単純明解化するするスタイルをとっているのだと思う多分。
ついでに思うのが、WEB2.0的なグラフィックデザインが、誰に対してサービスのWEB2.0性を説明しているのか? っていうことだけど、これは投資家に対してなのではないのかな?少なくともユーザーに対してWEB2.0性を説明する意味があるようには思えない。
というわけでWEB2.0的なグラフィックデザインというのは、WEB2.0という抽象的な概念を、投資家やメディア、広告業界の内向け、明解にプレゼンテーションを行うもので、その本質はベンチャーとかが運営資金を取得しやすくする為のツールなんじゃないのかなと、思った。
もう一つは、最近良く見ていた一連のサービス丸パクリ騒動みたいに、サービス開発者達の間で表面が重要なのはわかるけど、フェイシャルな部分を0から再開発するような手間をかけたくない、という需要があるのだと思う。で、WEB2.0的なグラフィックデザインというのは、再利用可能なモジュールとして、PEARやCPANのようなポジションにあるのかもしれない。 こっちはあまり考察しても得るものがなさそうなので省略。
そういえば近藤さんの話を読んで感じたことなんだけど、WEB2.0というラベリングの象徴がワッペン(ラベル)であったということは、何かを暗喩しているみたいで面白い。