CGMコンテンツメモ 突き抜けすぎちゃあいけない

最近、ユーザー主導のコンテンツを色々見てて思ったメモ。

いかに高品質でも「独自すぎる」、「突き抜けすぎたコンテンツ」は、一時的に評価されてもマクロにはノイズで終わる可能性が高そう。

どうもネットで当たるか否かには不文律として、「如何に過去のコンテンツの文脈を継承しつつ、新しい文脈を提示てきるか?」というのが重要な要素なんじゃないかと。つきぬけすぎてはいけない、独自すぎてはいけないのかなと。

この「文脈の継承」という要素のないコンテンツはいかに高品質でも短時間に死ぬ印象。

例えばゲームや漫画、アニメなんかは、最近はこの文脈の主軸に「萌え」とか「美少女」ってモノを置いちゃったわけだ。オタ系文化ではこれはメインの文脈として確立された為、「萌え」の要素がないゲームなりアニメなりは相対的に生存競争が不利になっている。

その一方で一般社会を含めたマクロ的に見れば「萌え」の文脈は、所詮はソフト・チャイルド・ポルノの亜種にすぎないので、そっちに先鋭化すればするほどアニメやゲーム産業は最終的に衰退すると思う。

で社会全般での娯楽の主文脈は、「モテ」と「話のタネ」と「自分アピールツール」って感じかな。コミュニケーションのプラットフォームに特化している感じ。

ただ、人間の嗜好の最大公約数が、「魅力的な異性」ってのはまぁ自然の摂理なんだろうけど、共通文脈がそれ一本に収斂されつつある状況ってのは、なんか動物的すぎるっていうか、ウン千年の文明の積み重ねはなんだったの?的な即物感があふれててなんともかんとも。

この「モテ」と「萌え」に如何に唾を吐きかけつつ、イカした何かを提案できるかが、一番アヴァンギャルドというかダダな感じでイカスんだけど、セックス&バイオレンス以外の娯楽って学習コスト高いから中々普及しないよなぁ。

別にだからどうとかじゃなくて、そういうの踏まえて色々考えるのムズイなぁと。
そんなことを思ったメモ。

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