最近は「見える化」っていうんですかね、著者のBen Fryはprocessingの生みの親にして、多量情報のビジュアライズを専門にするMITの研究者。
同書は情報の可視化から、その理論、使いどころ、アルゴリズムからソースコードまで色々列挙されたナイスな本。まぁ英語だけどパラパラ見て絵が気に入ったらソースコード読むで色々勉強になりそう。
あとBen Fryの論文読みたければ、「情報デザイン―分かりやすさの設計」 という本に和訳が入っててお勧め。こちらもかなり名著というかマストな一品。
自分的にはiknowよりこういう本読む方が英語の勉強になる気がするYO
AS3でまともに広告系のサイトをバリバリ作ろうと思うなら、なんか抽象的なUIクラスがないと叶わん。
ビューの制御を継承するサブクラスに丸投げして、UIの挙動部分だけに特化したクラス。
サブクラスは、親クラスからイベントを受けて、enableやフォーカス、キー入力の有無を取得し、それにあわせて描画を変更する仕組み。
たとえばスクロールバークラスなら。
・表示領域と、コンテンツ全体の計算。
・移動量、ドラッグ可能範囲の制御。
だけを抽象的に行って、スクロールバーそのもののアニメや描画は全部、サブクラスで俺らが適当に実装する。みたいな感じ。
こういうクラスが欲しい。というかないとどーにもならん。 ぶっちゃけコンポーネントは中途半端にビューと結合しすぎてて、役不足だ。
そういうのがないとホントヤバイというか、一般的には費用対効果的でAS3はお金ジャブジャブプロジェクト以外では投入できない、というか5年単位ではぶっちゃけFlex2に負けるんじゃないかと思う。ちょっと変態アクションスクリプターとか主導で一丁いかしたUIクラス作ってくれないかなぁ、とか書いてみるテスト。
最近、ユーザー主導のコンテンツを色々見てて思ったメモ。
いかに高品質でも「独自すぎる」、「突き抜けすぎたコンテンツ」は、一時的に評価されてもマクロにはノイズで終わる可能性が高そう。
どうもネットで当たるか否かには不文律として、「如何に過去のコンテンツの文脈を継承しつつ、新しい文脈を提示てきるか?」というのが重要な要素なんじゃないかと。つきぬけすぎてはいけない、独自すぎてはいけないのかなと。
この「文脈の継承」という要素のないコンテンツはいかに高品質でも短時間に死ぬ印象。
例えばゲームや漫画、アニメなんかは、最近はこの文脈の主軸に「萌え」とか「美少女」ってモノを置いちゃったわけだ。オタ系文化ではこれはメインの文脈として確立された為、「萌え」の要素がないゲームなりアニメなりは相対的に生存競争が不利になっている。
その一方で一般社会を含めたマクロ的に見れば「萌え」の文脈は、所詮はソフト・チャイルド・ポルノの亜種にすぎないので、そっちに先鋭化すればするほどアニメやゲーム産業は最終的に衰退すると思う。
で社会全般での娯楽の主文脈は、「モテ」と「話のタネ」と「自分アピールツール」って感じかな。コミュニケーションのプラットフォームに特化している感じ。
ただ、人間の嗜好の最大公約数が、「魅力的な異性」ってのはまぁ自然の摂理なんだろうけど、共通文脈がそれ一本に収斂されつつある状況ってのは、なんか動物的すぎるっていうか、ウン千年の文明の積み重ねはなんだったの?的な即物感があふれててなんともかんとも。
この「モテ」と「萌え」に如何に唾を吐きかけつつ、イカした何かを提案できるかが、一番アヴァンギャルドというかダダな感じでイカスんだけど、セックス&バイオレンス以外の娯楽って学習コスト高いから中々普及しないよなぁ。
別にだからどうとかじゃなくて、そういうの踏まえて色々考えるのムズイなぁと。
そんなことを思ったメモ。
「悪魔はいるかいないか?」
悪魔の存在を証明することは、悪魔をつれてくればよい。
その一方で、悪魔が「存在しない」ことを証明することはできない。見つからなくても、探しきれていない可能性を否定できない。
このことから、「悪魔の証明」は実証不能なことに対する無茶な要求の代名詞として使われる。
ただ個人的に疑問に思っていることとして、「悪魔の証明」を「真」と「偽」の二元論で判断してしまってよいものなのか、という疑問がある。
真か偽かが証明不可能な状況では、過去の類似事例で真が観測されたケースと、偽が観測されたケースの出現頻度を比較し、確率的に判断すべきなのではないかと思う。
この場合、ある命題の真偽は証明できないが、過去の事例から「真でない」事例がほぼ100%であるため、確率上は偽であることを前提で議論を行って問題ないといった結論でいいんじゃないかなと思う。
例えば来世や地獄は、地獄から帰ってきた人や前世の記憶をもってると主張する人が極小であるかぎり、証明ができようがきなかろうが「ない」と判断して生活に支障はない。
ということを思った。
世界の株価平均が年 Xパーセント前後の成長を続ける限り、
理論上は購入銘柄をサイコロでランダムに決定しても、年平均Xパーセントの利益が出る。
実際には乱数の偏りが起きるので、この仮説を個人の戦術レベルのロジックに落とし込むと、
株売買というのは乱数の標準偏差を如何に0に近づける購入ができるか?ということになる。
・乱数の偏りのノイズを取る為に、市場平均との連動銘柄を買う。
・乱数の偏りのノイズを取る為に、購入株価を分散させる。
・値上げも値下げも乖離線を超えた時点で自動売買する。
・ゲームオーバーにならなければ理論上復帰できるので、防御優先。
結局えらい人の投資理論をまとめると、期待値が1.05の丁半博打なんだから、サイコロの偏りに飲み込まれなければはなから儲かる仕組みって結論か。
素人が9割損をするってのは期待値が1以上なのに気づかず、非ランダムに銘柄を選択し、サイコロの偏りを無視して小数銘柄に大金をかけるので、乱数の偏りに全額飲み込まれるって仕組みっぽいのかな。
でファンダメンタルってのは、そもそも期待値が1以上の賭場を探す行為、テクニカルは人の流入から賭場の現在の期待値を予想するってことなのか。
なんとなく意味を理解した・・・気がする。
株や保険を「リスク商品」って呼ぶのは、まさに言いえて妙だな。
■うみねこのなく頃に EP2
序盤のネタ演出に辟易し、中盤の超展開に驚愕したけど、本筋はいい意味で斜め上すぎて楽しめた。
京極的な展開になるのか、清涼院バリのメタ小説になるのか面白くなってまいりました。
どうやら地の文が、主観・客観・伝聞・憶測入り乱れてそう。
以下トリック等のメモ。