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大学の先生とニコニコについて語ったりした

大学時代の先生が教授に昇進して、おめでとうございますパーティーに行ってきた。
海外行って行方不明、5年ぶりぐらいに出現した僕はレアキャラ扱い。

先生は、テクノロジで人間の生活がどう変わるか?、みたいな研究をしてる人で、ニコニコ動画の出現でどのような新しいコミュニケーションや表現様式が生まれたか等でちょっと話が盛上がった。僕のネット文化ウォッチャーとしての血は、この研究室の影響だよなぁ絶対。

動画講座」系のコンテンツにおいて、コメント機能を利用して、動画末尾に視聴者質問コーナーを設ける動きが観測したことについて報告したりした。

動画本編の末尾に、ビデオのキャプションがわかりやすかったか?、表示速度は読みやすかったか?わからないところは?次回講座はなにがいい?といったキャプションが表示され、みんながそれにコメントをするという方式。で、作者はそれにあわせて次回講座の内容をフィックスしていくという、先生と生徒のあたらしいインタラクティブ性が、自主的に生まれたことだ。

個人的には去年~今年、ニコニコで観測できたムーブメントとしてはコレが一番面白いと思ってる。ニコニコでは梅田氏がいっていた学習の高速道路の敷設が0から観測できるところが、一番の見所ではないだろうか。

あと、僕はニコニコ的なカルチャーでは、モノ作りにおける品質の経済価値が相対的に減少するって考えてたんだけど、「これからは作者って概念が希薄化するかもしれない」とかもっとアグレッシブな考えもあるらしい。

作者不在って考えは面白い。ニコニコみたいに模倣、再生産、再解釈でなりたってるクリエイティブ文化だと、オリジナル作品ってのは一個で完結するものではなく、ムーブメントの基点であり、表現模索の方向性の定義にしか過ぎないのかな。そうなると質どころか、問われるのは情報遺伝子の拡散性ということなんだろうか。このような文化では作品は特定の誰かが作るものではなく、勝手に生えてくるものって認識が強いのかもしれない。だとしたらこの文化の洗礼をうけた世代は、未曾有のアンチ・コピーライト世代になりそうな予感。

産業化以前の作者不詳で亜種いっぱいみたいなカルチャーが復活するのかもしれない。そんな感じ。