多分、今ネットでいちばん興味があることがコレ。アプリケーションはユーザーに社会性を付与する装置となることができるか否か?
高級ファッションやプロダクトブランドの多くの商品は、性能と価格が見合っていない。もかかわらず、多くの顧客がそれを購入しビジネスとして成り立っている。 この不思議な現象の最大の理由は、十分に成熟したモノの価値は単純な機能によっては決定されないくなる為である。衣服ならばプライマリな「着る」という機能よりも、「自己満足」や「社会的の付与」というセカンダリの機能が、大きく価値に影響を及ぼすようになっているからだ。
社会性の付与、つまりその商品の所持や使用が、注目や尊敬を集めたり、女の子にモテたり、所持者の社会に対するコミュニケーション力を増幅するのならば、その商品はそれそのものの本質的な機能以上の価値を持つ。
従来コンピューターのアプリケーションには、このような社会性はもとめられてこなかった。それはアプリケーションが純粋に問題解決のツールであり、またもっぱらモニターの中というパーソナルな空間でのみ使用されるツールであった為だ。
しかしiPhoneの出現は、ほんの少しずつではあるが、アプリケーションを公共の場で使用するというシナリオを生み出しつつあるように見える。
もし、そのアプリケーションを所持することが社会的なステータスとして機能し、注目を集め、会話の起点となり、女の子にモテる。そのような段階に入った時、非プロフェッショナルユースのアプリケーション市場においては、機能と価格は比例関係ではなくなる。 Appleは、単なる道具だったコンピューターの所持を、iMacでファッションに昇華することに成功した。ならばアプリケションの所持をファッションとすることは可能なんじゃないのか?
ゆっくりとではあるが、タンジブルビットやホームコンピューティング、ユビキタスといった概念は、この方向にアプリケーションを押し進めて行くのではないかと思う。
こういうパラダイムの変化こそが、iPhoneアプリの115円地獄や、ウェブサービスの無料化地獄を脱する、手段なんじゃないかと思う。あと5年とか10年先のことなんだろうけど。