アプリケーションは社会性を獲得できるか?

多分、今ネットでいちばん興味があることがコレ。アプリケーションはユーザーに社会性を付与する装置となることができるか否か?

高級ファッションやプロダクトブランドの多くの商品は、性能と価格が見合っていない。もかかわらず、多くの顧客がそれを購入しビジネスとして成り立っている。 この不思議な現象の最大の理由は、十分に成熟したモノの価値は単純な機能によっては決定されないくなる為である。衣服ならばプライマリな「着る」という機能よりも、「自己満足」や「社会的の付与」というセカンダリの機能が、大きく価値に影響を及ぼすようになっているからだ。

社会性の付与、つまりその商品の所持や使用が、注目や尊敬を集めたり、女の子にモテたり、所持者の社会に対するコミュニケーション力を増幅するのならば、その商品はそれそのものの本質的な機能以上の価値を持つ。

従来コンピューターのアプリケーションには、このような社会性はもとめられてこなかった。それはアプリケーションが純粋に問題解決のツールであり、またもっぱらモニターの中というパーソナルな空間でのみ使用されるツールであった為だ。

しかしiPhoneの出現は、ほんの少しずつではあるが、アプリケーションを公共の場で使用するというシナリオを生み出しつつあるように見える。

もし、そのアプリケーションを所持することが社会的なステータスとして機能し、注目を集め、会話の起点となり、女の子にモテる。そのような段階に入った時、非プロフェッショナルユースのアプリケーション市場においては、機能と価格は比例関係ではなくなる。 Appleは、単なる道具だったコンピューターの所持を、iMacでファッションに昇華することに成功した。ならばアプリケションの所持をファッションとすることは可能なんじゃないのか?

ゆっくりとではあるが、タンジブルビットやホームコンピューティング、ユビキタスといった概念は、この方向にアプリケーションを押し進めて行くのではないかと思う。

こういうパラダイムの変化こそが、iPhoneアプリの115円地獄や、ウェブサービスの無料化地獄を脱する、手段なんじゃないかと思う。あと5年とか10年先のことなんだろうけど。

コメント / トラックバック 3 件

  1. koichiro より:

    初めて書き込みします.いつも楽しく拝見しています.

    個人的には,社会的なステータスを表すには,実際に目に見えている「もの」であることが必要である気がします.
    車,時計,バッグ,クレジットカード,財布など,ブランド品とされてるものは,口で自慢しなくても,モノ自身がステータスを語ってくれるところがいいんじゃないでしょうか.

    アプリケーションも(画面上だけじゃなく)目に見えるようになって,個性を表せるようになったときにステータスとなりうると思ってます.
    ちょっと方向は違いますが,↓みたいなイメージです.
    http://www.design.philips.com/probes/projects/tattoo/index.page

    駄文失礼しました.

  2. yukawa より:

    はじめまして。

    いつも楽しく読ませていただいております。
    私は広告の仕事をしているのですが、普段、仕事をしていて、
    人が純粋な問題解決(便利さ)以外のものにお金を払う場合、
    ・芸術というか、視覚や聴覚が感じる美しさ
    (洋服、雑貨、音楽、ポストカード、かわいい文具・・とかでしょうか)
    もしくは、
    ・作品に描かれる、あるいは作者自身が行った努力・珍しい境遇にたいする感動
    (スポーツ、ドラマ、小説・・。芸術でも、アイドルなどはこのパターンでしょうか)
    の対価として払うことが多いように感じています。

    アプリケーションの場合、アプリケーションによって美が作られることはあっても、
    そこに作家性がないというか、たいていの場合は自動jか、ランダムか、
    操作する人のタイミングによる美、ということが多いため、
    アプリケーション使う側が完全に受身で美を享受することがなく、
    お金を払う気にならないのか、と考えたりします。

    メディア・アートやプログラミング・アートの分野(そもそもそんな分野があるのかわかりませんがなんとなく・・)とかだと、すでに美でお金を稼いでいる人もいるようですが。

    あるいは、アプリケーションの分野でも、作者があがめられるようになれば、
    ジョブスの作ったソフトなら高く売れる、という、
    しかも全く同じソフトでも素人の名前だと高く売れない、ということもあるのかもしれません。
    ただし、現在のアプリケーション界(?)では、
    その裏側の作者の情熱や制作の物語がなかなか表に出てこない、
    出てきたとしてもたいていは専門的な内容でそこらのおばさんでも感動するような話ではない、
    などなど問題がありますかね・・。

  3. yamaguchi より:

    エディションつけるとかはどうですか?

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