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コンテンツを最適化すると多様性は死ぬのか?

ちょっとネット小説をリサーチする機会があって、驚愕した。
小説家になろう」という小説CGMサイトを調べたところ、そのランキングがヤバい。

なんと人気ランキングの1位〜10位中、9本までが「異世界に飛ばされた主人公が(略)」というストーリーだった。




1位:無職転生
引きこもりニートが、異世界に転生。チート性能で大活躍

2位:異世界迷宮で奴隷ハーレムを
引きこもりニートが、異世界(ゲーム)に飛ばされる。チート性能でハーレムウハウハ。

3位:謙虚、堅実をモットーに生きております!
主人公が少女マンガの世界に飛ばされる。マンガの設定に逆い堅実にいきようと頑張る。

4位:八男って、それはないでしょう!
平社員が起きたら異世界で貧乏帰属の八男になってた。

5位:盾の勇者の成り上がり
現代人が異世界に(略)

6位:理想のヒモ生活
ブラック企業社員が異世界に(略)

7位:異世界食堂
現代に異世界の人がくるので、ちょっと変化球。

8位:デスマーチからはじまる異世界狂想曲
プログラマが異世界に(略)

9位:月が導く異世界道中
異世界に(略)

10位:この世界がゲームだと俺だけが知っている
VRゲームの世界に(略)

・・・なんというか作品毎のフレーバーは違うとはいえ、本質的にはほぼ全部が「異世界に転送されるネタ」なのである。

どうやらCGMがもたらすのはコンテンツの多様化ではなく、一極集中化らしい。
コンテンツを創作ではなく、有限リソースの人気取りあるいは自尊心ゲームと解釈した場合、「最適化戦略はトレンドをマイナーアップデートして再生産すること」と観測される。

自分が経験したインターネット黎明期の本質は「バカが世界を多様化する」だった。しかしニッチからマスへとシフトした現在は、「コピーや模倣でマジョリティを獲得する」と「ほとんど誰もよまないオリジナリティ」の2つの生存戦略に2極化するのかなぁと。

こういった現象は、ソーシャルゲームや出版なんかでも始まっているので、情報伝達が加速化した10年後とかどうなるんだろうと、ちょっとドキドキする。
こういう時代において、オリジナルを作ることは矜持の問題だけになってしまうのだろうか。

新規開拓をするコストを誰も払わずに、フリーライダーだけが行列を成す世界・・・ってのは、共有地の悲劇で全員敗北になりそうなのだけどどうなんだろう。
お金持ちになりたければコピーするのが最適戦略だけど、自分達が本当にやりたかったことはそれなのか?という問題が今後の物作りの課題になりそう。



<追記2>
「普通の流行」「一件同じでも、それぞれ特色がある」とか「おんなじにしか見えない時点で見る目がない」みたいな、意見がいくつかでていたので補足。

投稿小説・・・みたいなマニアックなランキングなので実感がわきにくいけれど、これグルメランキング1〜10位が全部「◯◯ラーメン」や「イチゴ味◯◯」だった場合を想像すれば、分散の低さがヤバイレベルなのは想像がつくんじゃないかなぁと。

モチロン、個々に特徴があることは「ちゃんと読めば」よくわかるのだけど、実質の多様性はこの場合ぶっちゃけどうでもいい。なぜならば平均的なユーザーは「全てのコンテンツを吟味し、品質のよいものをピックアップする」というような合理的な行動はとらないから。マジョリティのユーザーは小説のピックアップにそこまでのコストを支払わない。

このため、外見が著しく類似したコンテンツ(コンテンツに限らずプロダクト全般)が膨大に存在する場合、ユーザーは自身で吟味して選択できなくなるので、

・ランキング、広告、口コミ等がある場合、露出の多いものに一局集中する。
・比較情報がない場合は、ランダムピックアップになる。

というユーザー行動が、より顕著になると推測できる。

このような環境でも、1位になるのはユーザーを満足させる品質のものにはなる。
いっぽうでベスト品質のものが1位になる確率は相対的に減少する。
結果的にユーザーの期待する品質をうわまわった作品であれば、どれもで一定のランダム性で1位になりえる環境が発生する。

このような環境下では、生存競争や利益獲得ゲーム的には、ユーザーの期待を満たせる品質さえあればよい。それ以上のコストを品質向上に配分することの意味は加速的に失われて行く(品質に関する損益分岐点がだんだん低くなる)・・・という現象が発生するのではないかなぁと思うのですよ。

この場合、発生しうる現象は2パターン考えられて

A: 異世界モノにもとめられる品質の平均値がどんどん上がって行き、他ジャンルと比較して異世界モノ全体の品質が向上する。
B: ずば抜けた品質の作品を作るインセンティブが失われる(品質でピックアップされる確率が相対的に減るので)。

こういう環境になると、「1ジャンルに全員が集まって似通ったものを作り、最終勝者は上位プレイヤーからランダムピックアップ」、「市場が飽和した時点でジャンルがまるごと崩壊し、特定の新ジャンルに全員が移動」という行動が発生する。

なんでネットコンテンツでは生物みたいな多様性が生まれないか?というと、それは戦略を変更する時間とコストが0に近いからかなぁと。生物の場合、進化が最適戦略だったかどうかが判明するのに数千年の時間を必要とするし、たとえ劣位戦略を選択しても絶滅するまでにもの凄い時間がかかる。このため、ある特定の時代を切り出して観測をした場合、多用な生物群が存在できる。

ネットコンテンツの場合は、劣位戦略に陥った場合、そくざに他の戦略や戦場に移動することができるので、特定の時代に特化した優位戦略に全員が集中する。

こうなってくるとコンテンツを当てる最適戦略は、お題(トレンド)に対して誰が即座に気の利いた答えをだすかという、大喜利っぽいモードに近くなっていく。熟慮していいアイデアを考えるよりも、いまあるお題にフィットする平均値以上のアイデアを高速回転でまわしていくほうが強くなっちゃうのだろうなぁと。





<追記1>
かわんごさん?の記事かインタビューで、コンテンツが集約されてくことについて語ってたものあったけどURLわからないので誰か教えてください。