Entries of 情報デザイン

投稿系・コミュニティサイトで英語は使わないほうがいいっぽい

当たり前といえば当たり前だけど、色々調べたり実験したりしてみたところ、予想以上にクリティカルっぽい感じなのでメモ。

ナビゲーションを英単語にした場合、たとえそれが平易な英単語でも、小学生・中学低学年を全滅させる。ジェネレータやお手軽投稿系、モバイル投稿系は、ここで既に大ダメージをうけるっぽい。バズりたい場合には、英語をつかうなということか。やっぱりこういうものは突き詰めると、ヨーゼフ・ゲッベルスだなぁ。

ということは、逆に英単語や専門語の量をコントロールすることで、ユーザー層のリテラシーや職業、年齢層等をある程度コントロールできるのかもしれんのかな。

Amazonで大規模な個人情報流出発生中らしい

Amazonほしい物リスト、個人情報漏れまくりで祭に発展

むかし、個人情報流出はもはやリテラシーの問題ではなく、確率上のリスクになるっていうようなことを書いたことがあったけど、まさにそんな感じの事件が発生しちゃったみたい。

Amazonの新サービス「ほしい物リスト」は、メアドか本名からその人の欲しいものを検索できるのですが、メアドから本名がわかっちゃうミスがあり大炎上中らしい。

すんごい有名人がバイブとか買ってたりとかが普通に大公開・・・ また匿名でネットでブイブイいってた人々の結構な人が本名バレ、Mixi経由で個人特定される事態に発展中らしい。

日本未曾有の個人情報ハザード。
ウィッシュリストを公開してる人は自分のをチェックしとかないとカナリやばいので要注意。

っていうか、情報の大半がネットに移行して、しかもそれが他人のウッカリで流出する状況だと身の守りようがないよね。

追記

これお届け先登録してあれば、その人のほしいものリストから商品をカートに入れると
あて先を登録した住所にできて、購入の最終確認までいけば住所確認できるぞ。

これマジヤバクネ?

被ブクマ率を10倍ぐらいにブーストする実験

ESL Podcast紹介エントリのネタバレ。
まず一週間かけて、以下のネタを仕込む。

Twitterの英語アカウントをとる。
Visualizing DataとかCollective Intelligance とか先端の良洋書を紹介する
世界恐慌とかグローバル視点からの日本不況とかのエントリを書く。
海外での同業者の平均給与や、求人伸び率について語る。
既存のパラダイムを否定して、海外で進行中の新しい時代の到来を語る。

で、問題意識に対して参入障壁の小さいとっかかりを提示する。

誰でも簡単に始められる、自己投資(英語学習)の紹介

500ぐらいを予想してたら1300超えてビビる。
1つ1つは独立したまっとうなエントリなのに、一定の順序で並べると、文脈が相互に作用して1つのテーマを盛り上げる感じのテスト。

はてブを情報収拾のツールとして逆用する

漫画デスノートが非常に秀逸だった点は、「相手から情報を得るという行為自体が、相手に情報を与えることに繋がる」という、不確定性原理にもにた間接的な情報の収拾合戦を一貫したテーマにした事だったと思う。で思ったのです。同じ事インターネットでも色々やって遊べるよね。

被ブクマ率を10倍に跳ね上げる方法

自分にとって被ブクマ数新記録の1200の大台を達したのでメモ。

以前書いたように9だか10月くらいから、被はてブ率のコントロール実験みたな感じで色々なアプローチで月500はてブ以上をノルマに実験をしていた。京極夏彦が、情報は開示する順番が大事とか言っていた気がしたので、ちょっと実験的に色々仕込んでみたら、試したみたら予想以上の破壊力があってびびった。今回やったことは以下の通り、

・Twitterの英語アカウントをとったことを吹聴する。
・Visualizing Dataとか、Collective Intelligance とか先端技術の良洋書を紹介する
・世界恐慌とかグローバル視点からの日本不況とかのエントリを書く。
・海外での同業者の平均給与や、求人伸び率について語る。
・既存のパラダイムを否定して、海外で進行中の新しい時代の到来を語る。

まで比較的、含蓄はあるけど敷居の高いネタをを1週間かけて仕込み、そこまで準備をしてから満を持して

・誰でも簡単に始められる、自己投資(英語学習)の紹介。

という流れを構築したら、被はてブ数やアクセス数が通常の10倍に跳ね上がった。なるほどなぁ。個々のエントリがそれぞれ独立していても、ある一定の文脈と順序で開示することで、色々なことがブーストできるんだなぁ。

近代デザイン史の研究者であるエイドリアン・フォーティは著書『欲望のオブジェ』の中で、20世紀以降の広告や工業デザインの本質は、それまで存在しなかった不安と不便を意図的に作り出して、その不便を解消する手段として新しいライフスタイルを提案する工業製品を売りつけることであるみたいなこと書いてた記憶がある。そのときは、またまた(笑)とか思ってたわけだけど、こういう結果をみるとあながち間違いじゃない気がしてくる。

さらにこういうアプローチに、choice overloadみたいな研究結果を組み合わせてみた。時間があれば検証できる程度の数の選択し、逆をいえば刹那的には内容を評価できない程度の選択肢を提供すると、判断は棄却されずに一時保留となり、はてブのようなものに登録される確率が高くなるようだ。

そしておよそ350ブクマを超えたあたりから、興味をあまり持っていない層がブクマをはじめるような印象。これは集団心理的な行動なのかな、真贋をみきわめる時間(あるいは能力、興味)が欠如しているけど、重要情報へのアクセスという機会費用を失いたくない。だから大勢の人が興味をもっていることを担保に、とりあえずリスク回避の為にブクマする。そんな層が相当数いるような気がする。このような現象が発生すると、以前も観測されたけどおよそブクマの数が2~3倍に膨れ上がる。またこのレベルに突入すると、他のニュースサイトにも飛び火してトラフィックた飛び上がる。

しかし正直、はてぶ開始いらいfladdict.netの最高はてぶ記録だった「はてなチューブ」が、10分で書いたエントリにあっけなく負けたというのはかなりショック。

そりゃフリーライド系のまとめブログは増えるわ。

作り手の階級社会

ロンドン時代を思い出して最近気が付いたのは、十把一絡げにデザイナってくくられてる人間にもどうやら資本階級と労働階級の純然たる壁があるなってこと。

基本的にナイトや爵位を賜ったデザイナーって、ファッションとプロダクトのデザイナだけなんよね。 グラフィックデザイナーやWebデザイナーは、爵位なんて逆立ちしても与えられない。社交界にも入れない。

おそらくその理由は、ファッションやプロダクトのデザイナってのは、自分達が原型を作り、それの複製を世界に配給する権利を売っている点だと思う。本質的に資本家としての側面を持ってる。

一方でグラフィックデザインなやWebデザイナは、受注労働であり、権利ごと納品する。 つまり本質的には労働者階級にすぎない。 そういう意味でガテン系とかITドカタっていう表現は、かなり本質を突いているのかもしれないね。

そうするとWEBデザイナな人間が社会的な地位を獲得すなり、受注販売体制から脱却する為には、なにかしらの手段を持って資本家的な要素を手に入れる必要がある。その為にはどうすればいいのか?というのが課題だなぁ。 

常識で考えれば、Webデザインが特許か版権を握る風潮を作るのが一番近道なことなんじゃないかと。そういうの作らないと、老後迎えられなさそうだよなぁ今後。

CGMコンテンツメモ 突き抜けすぎちゃあいけない

最近、ユーザー主導のコンテンツを色々見てて思ったメモ。

いかに高品質でも「独自すぎる」、「突き抜けすぎたコンテンツ」は、一時的に評価されてもマクロにはノイズで終わる可能性が高そう。

どうもネットで当たるか否かには不文律として、「如何に過去のコンテンツの文脈を継承しつつ、新しい文脈を提示てきるか?」というのが重要な要素なんじゃないかと。つきぬけすぎてはいけない、独自すぎてはいけないのかなと。

この「文脈の継承」という要素のないコンテンツはいかに高品質でも短時間に死ぬ印象。

例えばゲームや漫画、アニメなんかは、最近はこの文脈の主軸に「萌え」とか「美少女」ってモノを置いちゃったわけだ。オタ系文化ではこれはメインの文脈として確立された為、「萌え」の要素がないゲームなりアニメなりは相対的に生存競争が不利になっている。

その一方で一般社会を含めたマクロ的に見れば「萌え」の文脈は、所詮はソフト・チャイルド・ポルノの亜種にすぎないので、そっちに先鋭化すればするほどアニメやゲーム産業は最終的に衰退すると思う。

で社会全般での娯楽の主文脈は、「モテ」と「話のタネ」と「自分アピールツール」って感じかな。コミュニケーションのプラットフォームに特化している感じ。

ただ、人間の嗜好の最大公約数が、「魅力的な異性」ってのはまぁ自然の摂理なんだろうけど、共通文脈がそれ一本に収斂されつつある状況ってのは、なんか動物的すぎるっていうか、ウン千年の文明の積み重ねはなんだったの?的な即物感があふれててなんともかんとも。

この「モテ」と「萌え」に如何に唾を吐きかけつつ、イカした何かを提案できるかが、一番アヴァンギャルドというかダダな感じでイカスんだけど、セックス&バイオレンス以外の娯楽って学習コスト高いから中々普及しないよなぁ。

別にだからどうとかじゃなくて、そういうの踏まえて色々考えるのムズイなぁと。
そんなことを思ったメモ。

デザインの投資市場

Going My Way: 複製できないものが価値を持つ時代

結局、コピーやら著作権闘争やらが最終的に行き着く場所は当面ココしかないっぽいよね。

100年単位でみればプロダクトやファッションといった分野でさえ、分子配列レベルでのデジタイズと3Dプリンタが完成すればその意味のかなりが失われる。そうなるとモノの価格は素材と目方、プリンタの起動エネルギーで決定されてしまう。

だから最終的には生の体験、あるいやユーザー毎に完全にカスタマイズされた商品以外のモノの価値はこれからはどんどんと減っていくことは確かだと思う。そういった体験ですら、脳内信号の入出力テクノロジが完成した時点で、複製可能な商品になっちゃうんだよなぁ。

こういうパラダムシフトにはどういう対応がいいんだろう。

僕の思いつくなかでは、お金を集めてから制作を開始して無料配布、というのがかなり有望な回答だと思う。イノベーションへの取り組み自体を商品化する方法。

この場合、創作市場ってのは作品単位での株式投資システムになって、デザイナーの評価は作ったモノへの評価から、満足する商品を作れるかの打率へと切り替わる。 実験的にこういうシステム誰か作ってくれないかな。

ものすっごい作り手間の格差や、生存競争のあるシビアな世界になりそうだけどおもしろいっちゃあおもしろいんじゃないかと思いました。

本当に考えたの?

Mori Log Academy: 本当に考えたの?、より

「考える」という言葉を非常に安易に使っている人が多いと思う。学生に「考えてきたか?」と尋ねると、「考えましたが、ちょっと良い案を思いつかなくて」と言う。「じゃあ、悪い案を幾つか見せなさい」と言うと、きょとんとした顔で、「いえ、悪い案も思いついていません」と言う。「考えましたが、まだ、ちょっとまとまらなくて」と言うから、「では、まとまらないものを見せて下さい」と言っても、たいてい見せてもらえない。
 こういうのは、僕の場合「考えた」とはいわないのである。

「いろいろ考えてはいるんですけどね」と言い訳する人には、その「いろいろ考えたものを見せてくれ」と頼む。ところが、たいていは、せいぜいあっても1つしか案がない。1つの案しかないのに「いろいろ」なんて言うなよ、と思う。1つでは選べない。これでは何を考えていたのか、問いたくなる。

~ 中略 ~

沢山の具体案を考えることは、無駄なようでけっして無駄ではない。採用されなかった案が、その人の将来の持ち駒になるからだ。

自戒自戒。
それはそうと最近、森博嗣の文章(小説)ってどんどん読者を突き放す方向に加速してるよな。あと15冊で長編絶筆って言ってるけど、Gシリーズがあと6冊とか正直意図が読めない。どんどん読者をつきはなして、キレイにフェードアウト狙ってるんだろうか?

売れたら○○するってアプローチ

ニコニコで違法動画が削除されにくくなる仕組みに書いた、追記の話をふくらましたら面白そうなので独立して書いてみた。

例えばDVDの売り上げが目標枚数に達成したら、新規作成した特典映像をニコニコとかようつべにうpするよ!! みたいなキャンペーンとか。 これはイケると思うんだけどな。

ニコニコのような視聴反応がダイレクトにでるコミュニティをターゲットにするなら、従来の売る為に○○するって方法以外に、売れたら○○するよ!!ってアプローチも有効なんじゃないかなって思う。

例えばアニメとかだったら、キャストの対談に軽くキャラアニメつけて、裏回やユーザー感謝対談なんか作って、ようつべやニコニコにのせたらいいんじゃないかと。

売るためにスペシャル特典つけるってのもアリだけど、初期のリスク上がるし、それ欲しくないユーザーからは不満でたりするけど、売れたらスペシャル特典でるよー!!ってのは、後だしジャンケンだから意外とリスク少なくないかな? 売れなかった場合、特典作るコスト無駄にならないし。

作品がクソなら初回特典つけたってかなり微妙だけど、逆に作品がいいものであればあるほど、後だし特典をつけるほうがリスクやユーザーへのリターンのコントロールがしやすいんじゃないかと。 これもまた低シルクで選択肢の幅を拡張できるんじゃないかな。

DVDが売れてから特典映像やスペシャルエピソード作成って話なら、うまくタダ乗り視聴戦略をメタってるし、ニコニコ時代には合う戦略なんじゃないかと。

はじまった当初は、一見えげつなく見えるかもしれないけど、定着すれば製作者、配給者、視聴者それぞれにそれなりのメリットが提供される選択肢だと思う。

なんかネットやコミュニティのパラダムの変化にあわせて、新たに有効な戦略になりそうなスキームは色々と眠ってると思う。これとかも昔もあったけど、昔のようにスキーム中間結果発表がしにくい環境ではそれほど協力じゃないかったけど、今ならそうじゃないはず。